「夕張から考える」 市民サミット2008関連企画

 7月8日、札幌コンベンションセンターで行われた「夕張から考える―債務と貸し手の責任を問う」に参加した。主催はさっぽろ自由学校「遊」とジュビリーサウス・アジア太平洋。
 スピーカーとして、リディ・ナクビルさん(ジュビリーサウス・アジア太平洋)、西村宣彦さん(北海学園大学経済学部講師)、熊谷桂子さん(ゆうばり再生市民会議広報委員)が参加した。

 はじめに熊谷桂子さんから、財政再建団体になってからの夕張の現状が報告された。
 財政破綻が報じられてから2年間で人口の1割が流出。人口減少は計画の2倍のスピードで進行しているという。
 また、現在の人口12198人のうち1634人が高齢者独居、高齢化率が43%に迫ろうとしている。
 小中学校の統廃合、市立病院の廃止(民間診療所への移行)など、市民生活を圧迫する厳しい再建計画は夕張市自体が立てたものとされるが、実際は道から派遣された職員と、総務省とのやりとりですべてが決められたという。

 続いて西村宣彦さんから、夕張市の財政悪化の歴史的経緯と、夕張市の再建に必要な事柄が述べられた。
 もともと定住民のいなかった地域に炭鉱を開杭し、全国から労働者が流入して形成されたのが夕張市である。戦後日本の経済復興を支えた国内炭だったが、安価な海外炭や石油の輸入自由化に伴い、国内炭鉱の整理合理化が進められ、夕張も衰退の道を辿った。炭鉱の閉山によって発生した社会資本整備の需要や不動産の買取は、夕張市の財政に大きな負担となった。
その後、地域再生のために観光投資が行われたが成果はなく、財政破綻、粉飾決算につながることになる。

 2006年に巨額の隠れ債務の存在が新聞にスクープされ、夕張市行政は放漫な財政運営を行ってきたとバッシングを受けた。しかし内実は、粉飾決算に承認を与えた道・国や、不透明な融資で利益を得た金融機関の責任も大きい。
 再建計画に見られる夕張市職員、市民らに課せられた負担は生存権をも脅かしかねないものである。今後は夕張市、北海道、国の間で責任に応じた債務負担を配分した上、夕張市の自治能力を形成していくべきである。また、夕張市個別の問題としてではなく、産業や企業に依存した地域開発モデルの破綻として、全国の自治体への教訓として捕らえるべきである。

 ジュビリーサウス・アジア太平洋のリディ・ナクピルさんは二人の報告を受け、「アフリカやアジアの債務問題と多くの点で共通する」と語った。
 夕張市は「不正な債務のコンセプト」に当てはまり、まず債務自体の公正性を問うべきだという。 国や企業といった外部との経済的関係性は夕張市にとってフェアなものだったとはいえない。その上で負わされた借金であり、市民の利益のための融資ではなかった。借りた側、貸した側双方が債務の公正性を調査し、本当に支払うべきものなのかどうかを検証すべきだという。つまり、税金で借金を返済する夕張市民はもちろんのこと、税金から融資した夕張以外の市民も、説明責任を求めるべきである。

 ナクビルさんは質疑応答の中で、先進国と発展途上国間の債務問題についても同様の趣旨の発言をした。
「南」が現在抱えている債務には貸し手である「北」の国や企業の利益につながるものが含まれる。それらの不当な債務については、借り手が無条件に返済を続けるのではなく、貸付の過程を振り返り、貸し手側にも責任が認められる場合には、債務の帳消し、あるいは再交渉等の措置が取られるべきだという。

 現在の日本経済が世界的に見て高水準にあるのは、戦後復興に大きな貢献を果たした石炭産業、ひいてはそこに従事した労働者の働きの上に成り立ったものである。
 夕張の財政破綻は炭鉱閉山後の「復興」政策の失敗によるところが大きいが、原因の一端は私たちの現在にも深く関わっているのだという認識をもった。夕張についても、アフリカ・アジアに対するODAについても、中身についての説明責任を求めることは、私たちに課せられた責任である。間違った援助を続けた果てに援助を断ち切るのではなく、間違いの後始末と正しい援助が求められている。

 今回のサミットでは食糧危機について話し合われ、アフリカに向けた新たな援助も提案された。援助がさらなる債務となり、市民生活をますます圧迫することにならないよう、注視しなければならない。必要なのは市民生活を向上させる援助である。
(suzuki)